2017年05月18日

梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)


梶原平三誉石切は歌舞伎狂言の演目名。。もとは享保15

(1730)年大阪竹本座初演の文耕堂・長谷川千四ら合作の浄瑠璃

「三浦大助紅梅靮」(みうらのおおすけこうばいたづな)全五段の

うち三段目「星合寺の段」が原作で、今日この場面だけが独立して

上演される。伊豆に流されていた源頼朝は、一旦兵をあげたものの

石橋山の戦いに敗れ、姿をくらました。頼朝に味方する多くの関東

の武士の中で、三浦大助や真田文蔵らは、再挙を図るために軍資金

調達に奔走。文蔵の許嫁の梢、その父で大助の息子の青貝師六郎太夫

も、家伝来の宝刀の売り手を探していた。

おりしも鶴岡八幡宮に平家方の大庭三郎と弟の俣野五郎が参詣に来る。

そこへ、同じ平家に心を寄せる梶原平三も参詣にくる。普段は不仲な

両者でも、そこは神前。ともに武運長久と勝利を祈って盃を交わす。

そこへ六部太夫親娘、以前約束した名刀を大庭に売りに来る。大庭は

梶原に鑑定を頼むと梶原から名刀との返事。喜ぶ太夫に、俣野が

「待て。いかなる名刀かは知れぬが、切れ味が劣れば鰹かきも同じこ

とだわ。」と注文を出す。

あせる太夫は、ならば二つ胴(胴体を一気に二つ切るほどの切れ味)

の試し切りを願う。だが、試し切りになる囚人は一人しかいない。

太夫は梢に、二つ胴の証明書が家にあると嘘をついて取りに帰らせ、

自ら囚人とともに試し切りになることを願う。そこへ梢が戻ってくる

が最早遅く、二人は横になって切られるのを待つばかり。

梶原は、刀を振るって二人を切り下げるが、囚人は切れたものの、

太夫の縄を切っただけでしくじってしまう。

あざ笑う大庭、俣野を見送った梶原は、失望落胆する二人に

「両人近う。」と呼びかけ、自身は源氏に味方する心であり、

刀の目利きの時に差裏の八幡の文字を見て父娘が源氏に所縁ある者

と分かって命を助けた。石橋山の戦いに頼朝公を助けたはほかなら

ぬ自分であり、「形は当時平家の武士、魂は左殿の御膝元の守護の

武士、命をなげうって、忠勤をつくすべし」と源氏の味方と本心

を明かす。

そして、この刀はまさしく名刀で、その証拠として手水鉢を見事に

真っ二つに切る。梶原の「剣も剣」と褒めると、太夫も「切り手も

切り手」と称賛する。「鎌倉殿を守護なすには、これ屈強の希代の

名剣」と、満足した梶原は刀を三百両で買うことを約束。

三人とも喜びに満ちて意気揚々と社前を後にするのであった。

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坂東亀三郎改、坂東彦三郎が梶原平三を

團匊祭5月大歌舞伎で演じています。

IMG_5231(変換後).jpg

二つ胴(胴体を一気に二つ切るほどの切れ味)

の試し切りをする場面、手水鉢を見事に真っ二つに

切る場面、派手なシーンがあるので襲名披露の折に

なんども再演されているそうです。

舞台でないと、胴体を切るのも石を切るのもリアルに

見せられない。「梶原平三誉石切」で歌舞伎の醍醐味を

感じました。











 
posted by ドラ at 06:07| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする