2017年07月19日

映画「銀魂」


小栗旬主演の映画「銀魂」(7月14日公開)の興行収入

が9.8億円を記録したことが、18日わかった。

同作は、漫画家・空知英秋が「週刊少年ジャンプ」

(集英社)で連載中の同名コミックを原作に、

「HK 変態仮面」シリーズやTVドラマ「勇者ヨシヒコ」

シリーズなどで知られる福田雄一監督が実写化のメガホン

をとる。パラレルワールドの江戸を舞台に、宇宙からやっ

てきた"天人(あまんと)”と侍・坂田銀時(小栗)の間に起こる

さまざまな事件を描く。

初日から、平日にも関わらず1億7602万5800円という

好記録となった。さらに15日、16日の週末2日間では

5億4103万2900円を記録し、2017年に公開された

実写邦画のオープニング2日間の記録を更新。17日を含む

オープニング4日間の興行収入は9億8229万1500円、

動員は74万2254人となった。

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この記録は、52.2億円のヒットとなった「るろうに剣心 

京都大火編」(2014年)のオープニング4日間の興行成績

である9億8536万円と比肩することから、「銀魂」も

最終興行収入50億円突破に期待がかかる。

今後、大ヒット舞台挨拶や、観客が声を出し映画を楽しむ

”応援上映”などが企画されている。




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2017年07月17日

沖田総司逝去の地 イメージ 5



新選組・沖田総司が亡くなったのは慶応4年5月20日。

その場所は現・東京都新宿区大京町29にあった植木屋の

柴田平五郎さん宅と云われている。

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下の写真右側がに表示されています。

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外苑西通りのカーブ辺りに総司が静養していた離れ部屋

があったらしい。

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平五郎さん宅は跡形もなく近くを流れていた渋谷川に架

かっていた池尻橋の石欄干が残るだけ。

近藤勇五郎の語り遺しにより、総司終焉の地の定説と

なった。当時の千駄ヶ谷は、雑木林や田畑の広がる江戸

の片田舎で、古地図には水車小屋があった。療養するの

にはいい場所だった。いつも冗談ばかり言って人を笑わ

せる事が好きだった沖田総司は、最後まで近藤さんらの

安否を心配したまま結核のため亡くなりました。享年27歳。

ランニングのコースを変えたら、見つけました。







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2017年07月15日

映画「アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発」



アイヒマン裁判が始まったのは、1961年である。

同じころ、アメリカのイェール大学で、社会心理学者

のスタンレー・ミルグラムは、「なぜ、どのように大量

虐殺が起きたのか」、「人間はなぜ、権威に服従してし

まうのか」を実証するために、電気ショックを用いての

心理実験を繰り返し行っていた。

ハンナ・アーレントは、アイヒマン裁判を傍聴し

、裁判が終わった1963年、「ニューヨーカー」という

週刊誌に、「イエルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さ」

の連載をスタートさせる。アイヒマンは、ごくふつうの

人間で、思想などは持ちあわせていない。そういった

平凡な人間ほど、悪事に手を染める、と書く。

くわしくは、映画「ハンナ・アーレント」で描かれている。

ミルグラムの行った実験もまた、アイヒマンのようなごく

ふつうの人間でも、権威や権力に盲目的に服従することで、

平気で大量虐殺を行えることを実証した。問題となったのは

、ミルグラムの心理実験の手法で、周囲から「詐欺的」、

「非論理的」と批判される。ミルグラムは、その後ずっと、

自らの行った実験がいかに重要かを訴え続けることになる。

 「アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発」

(アット エンタテインメント配給)は、この史実に基づい

た劇映画である。驚くほど、よく出来ている。ミルグラムの、

いわば自伝の体裁で、盲目的に服従することで、だれしもが、

アイヒマンの後継者になりうると訴える。

ミルグラムの行った実験は、別名アイヒマン実験と

呼ばれている。被験者は、先生役と学習者役のふたり。

先生が、形容詞と単語をいくつか述べる。たとえば、

「強い腕」などなど。次に、先生は形容詞だけを言う。

答えは4択で、「1.背中、2.腕、3.支部、4.突き」

と用意されている。学習者は、2のボタンを押せば正解だが、

2以外のボタンを押すと不正解である。不正解だと、学習者

に電気ショックが与えられる。不正解ごとに、90ボルト、

120ボルト、135ボルトというふうに、電気ショックが

増えていく。電気ショックはあるが、学習者の人体への

損傷はない。しかし、不正解が続き、電気ショックが増大

すると、学習者は、悲鳴をあげる。「やめてくれ」と叫ん

だりする。先生役は、戸惑い、うろたえたりするが、

実験ということが分かっているせいか、多くの先生役は、

かなり高い電気ショックを学習者に与えてしまう。

 ミルグラムの実験から、ほとんどの人は、権威や権力

に寄り添うことで、ただ命令や指令に従うことが判明する。

実験とはいえ、指令である。先生役には、学習者の追う苦痛

への責任はない。言い換えれば、ある特殊な状況では、人は

何でも出来る、何人でも人を殺せる、ということである。

映画には、ミルグラムの独白や、引用が示される。そのこと

ごとくが、人間の本質を言い当てている。「文明化をとげた

人間が、なぜ殺しあうのか」(ミルグラム)。

「代理人状態の人間の言い訳は、自分の仕事をしただけ、

私の仕事ではない、規則を決めたのは私じゃない。

その結果、他人の要望を遂行する道具になる」(ミルグラム)

実験は続いている。女性の被験者も、実験に加わる。結果は、

ほぼ同じである。1962年5月、実験が終了。数日後、

アイヒマンが絞首刑になる。アイヒマンの言葉である。

「上官の命令がなければ、何もしなかった」。

1963年9月。ミルグラムはハーバード大学の助教授になる。

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そして、ミルグラムの実験結果が論文として発表される。

ミルグラムの実験は、ほかにも多種多様、さまざまな実験が

行われる。1974年。ミルグラムは、ニューヨーク市立大学の

心理学部長に出世している。アイヒマン実験を記した

著書「服従の心理」が刊行される。ところが、さらにまた、

ミルグラムへの批判の声があがる。

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「アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発」

posted by ドラ at 12:35| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする